4月と言えば、新学期、新年度、入学など、新しいことを始める時期ですね。

何事も、新しいことをはじめた時に大切なことが、「基本」でしょう。

その基本のことを、「イロハ」と言われますが、これは、昔、ひらがなを「いろは歌」で覚えていた事から、物事の基本をまた、「イロハ」と言われる様になりました。

コカ・コーラから発売されている飲料水の「いろはす」も、この「いろは歌」から名前を取られています。

ちなみに「いろはす」は、「いろは歌」の「いろは」と、「ロハス」をかけ合わせ「いろはす」となっています。

ロハスとは、「心身の健康という意味を含みます。

心身共に健康に生きていく上で、必要不可欠なものが水ですが、実はこの「いろは歌」の中には、真に心身共に健康に生きていく上で、大切なことが教えられていることはご存知でしょうか。

今回はその「いろは歌」を通して、学んでいきたいと思います。

いろは歌とは

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いろはにほへと ちりぬるを

わかよたれそ つねならむ

うゐのおくやま けふこえて

あさきゆめみし ゑひもせす

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という非常に短いものです。

すべて1回ずつひらがなを使かった上で、意味のある文章になっていることで有名です。

その文章の中に収まっている意味を正しく知れば、どこかぼんやりとした人生が、明るい人生へと変わります

ひらがなのままでは、意味がわかりにくいので、漢字に変換しますと、以下の様になります。

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色は匂へど 散りぬるを

我が世誰ぞ 常ならむ

有為の奥山 今日越えて

浅き夢見じ 酔ひもせず

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」とは、これは、桜のことです。

匂へど」ということは、桜が満開に咲いている様を表しています。

どんなに綺麗に咲く桜も、「散りぬるを」、やがて散っていく。

この一行で、諸行無常ということを教えられています。

諸行とは、すべてのものということです。

無常とは、常がなく、続かないということです。

すべてのものは、変化するということです。

以前は、10年一昔と言われましたが、科学の発達により、世の中の移り変わりは早くなってきました。

少し前までは、映画やドラマを家で観たい時には、レンタルビデオ店でビデオを借りていましたが、それが、ビデオからDVDとなり、その後、Blu-rayになり、今では、インターネットを繋げばスマホから観れる様になりました。

この変化の中で失われていった言葉が、「巻き戻し」です。

ビデオの時代では、テープを巻き戻して、頭出しをしていましたが、現在はボタン一つで好きなところから再生できる様になり、リモコンにも「巻き戻し」ボタンはなくなりました。

代わりにあるのは「早戻し」というボタンです。

最近では、その「早戻し」という表記もなくなり、「◀◀」という表示だけリモコンもあります。

ビデオテープを知らなければ「巻き戻し」と言われても、何を巻くの?となりますし、「早戻し」というのも、ビデオテープの「巻き戻し」と比べたら早いというだけでありますが、そもそもDVDはボタン一つで戻るわけですから、早い遅いという概念さえも出て来ようがありません。

色々な場面で時代の変化を感じますが、変化するのは、形あるものばかりではありません。

私たちの心も変化しています

どんなに腹が立っても、時間が経てば、そのイライラもどこかへいってしまいます。

学生時代は嫌いだったという友達でも、時間が経つと、なんであんなに嫌っていたのだろうかと思うこともあります。

これは、イライラや嫌いという負の感情だけではなく、好きという気持ちも同じです。

嗜好は、年齢とともに変化していきますし、大切だ、好きだと思って、結婚をしても、心の変化から、仲が悪くなり、離婚に発展する人も少なくありません。

また、どんなに好きだったものでも、飽きるということもあります。

どんなに大切にしているものでも、形の有無に関わらず、変わっていき、やがては壊れてしまいます。

そんな破局の憂き目にあったときに、私たちは苦しみ悩みます

スマホのデータが消えてしまったとき、大切にしていたインテリアが壊れてしまったとき、大事な人との永遠の別れのとき、私たちは辛い思いをします。

この様な苦しみをブッダは「愛別離苦(あいべつりく)」とも教えられます。

愛しているもの、大切なものと別れなければならない苦しみのことです。

私たちが何かを求める時は、それがあれば、もっと良くなるだろうと思って求めるではないでしょうか。

インテリアも、部屋の雰囲気が良くなるだろうと思ったり、一緒に連れ添う人も、あの人と居れば、幸せになれるだろうと思うからです。

もし、手に入れたり、一緒にいると不幸になると思えば、進んで手放します。

しかし、手放すどころか、幸せになれるだろうと思って、自らが追い求めたものに、裏切られて苦しむのが私たちの人生です。

諸行無常とは、そんな厳しい真実です。

ただ、この厳しい事実だけが教えられているならば、「いろは歌」を知ることは、絶望でしかありません。

そんな中、なぜ「いろは歌」を、ひらがなを覚えるものとして、愛用されてきたのか、それには、この後に書かれている部分に、秘密があります。

その後半にどんな事が書いてあるのか、次回に回します。

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