仏教Q&A 1回目


こんにちは。
「OBA」のまさみです。

 

「仏教ってこんな教えだったのか!」という驚きと感動を、ぜひ味わっていただきたいと思います。
第1回は【仏教ってどんな教え?】です。

 

●仏教って、どんなイメージ?

以前に、東京の20〜30代の人たちと話をする機会があり、「仏教」と聞いて、どんな印象をもつか、尋ねてみました。

「古くさい」とか「田舎っぽい」といったイメージなのかな、と予想していましたが、意外にも

「かっこいい」「響きがきれい」

という答えでした。

 

「仏教」と聞いて、

古めかしくて、おおよそ都会のイメージとは合わないと考えていたのは私の勝手な思い込みでした。

 

世代を問わず、仏教に何か惹きつけられるものがあるのだと肌で感じた体験でした。

 

仏教の本当の魅力は、その「教え」にこそ、あります。

この「仏教Q&A」では、仏教の教えを通じて、そのすばらしさを感じ取っていただけるように、お伝えしたいと思っています。

 

今回は

【仏教の“お経”って何なの?】

というテーマでお話ししたいと思います。

 

●仏教のお経って、どれくらいあるの?

仏教とは「仏(ほとけ)の教え」。

この「仏(ほとけ)」とは、今から約2600年前、インドに現れたお釈迦さま(ブッダ)のことです。

 

お釈迦さまが、35歳で「仏」というさとりを開かれ、80歳でお亡くなりになるまでの45年間、説かれた教えを「仏教」といいます。

 

そのお釈迦さま45年間の教えが、お弟子の手によって書き残されたのが「お経」といわれるもので、これを「一切経(いっさいきょう)」といわれます。

 

一切経は、釈迦45年の教えの一切が書き残されたお経、ということですが、全部で何冊くらいあると思われますか。

 

45年間の教えのすべてですから、5冊や10冊でないことは分かられると思いますが、その数はナント7000余巻!
昔は巻物でしたから1巻、2巻と数えました。
現代なら約7000冊ということになりますね。

 

この経典が、インドからヒマラヤ山脈を越えて中国にもたらされ、漢字に訳されました。
これが今日、葬式や法事の際に読まれる、あの漢字ばかりで書かれた「お経」なのです。

 

●仏典の翻訳は、国家的大プロジェクトだった!

このとき翻訳作業に力を尽くしたのが、三蔵法師(さんぞうほうし)と呼ばれる仏典の翻訳者です。

西遊記で知られる玄奘(げんじょう)という名の三蔵法師は特に有名ですね。

 

サルとブタとカッパを引き連れて中国からチベットを越え、天竺(当時のインド)に旅をする物語です。

 

私は子供心に、天竺(てんじく)まで宝物を取りに行くのか、と思っていたのですが、実は、お経を求めての旅だったんですね。

 

チベットやヒマラヤといった、人外の地に赴く危険な旅だったので、ボディーガードに孫悟空らを引き連れて、仏典を持ち帰ってきたのです。

 

しかし、むしろ三蔵法師の大活躍は、その苛烈な旅以上に、中国に帰ってからインドの言葉を中国の言葉に翻訳するという大事業にこそあったのです。

 

深遠な教えが書き記された仏典の翻訳は、深い仏教の学問と、優れた語学力がなければ、とてもできなかったでしょうし、量も膨大ですから、これは国を挙げての一大プロジェクトでした。

 

●仏教は、インドから中国をへて日本へ

漢訳された一切経が朝鮮半島を経て、海を越え、日本に伝来したのが、ちょうど聖徳太子(574〜622年)の頃。

当時の政治・文化の中心は飛鳥(奈良県)だったので飛鳥時代と呼ばれます。

聖徳太子は、経典の優れた注釈書を著したり、法隆寺など多くの寺院を建立しました。

また、憲法に

「篤く三宝を敬え。三宝は仏・法・僧なり」と、

治世の根底に仏教を置いて、日本に仏教が浸透する礎を築かれたのです。

 

このようにインドから中国、そして日本へと伝来した仏教の教えを、自分の考えを一切入れることなく、最も忠実に伝えることに生涯をかけられたのが親鸞聖人(しんらんしょうにん)(1173〜1262年)でした。

 

次回、そのことについて詳しくお話ししたいと思います。

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