仏教Q&A 10回目


【四苦八苦ってどんなこと?】

 

こんにちは。
「OBA」のまさみです。

 

古今東西、いろいろな人が、いろいろに人生を例えてきました。

人生は「旅」だという人もあれば、「劇場」だという人も。それぞれに味わいがありますが、親鸞聖人は、人生を海に例えて

「難度海(なんどかい)」

と表現されています。

「難度」とは「苦しみ」ということ。

「難度海」とは「苦しみの海」という意味です。

今回から難度海の「波」「水平線」「丸太や板切れ」の3つの意味するところを、それぞれ、お話ししてまいります。

この3つを明らかにすることによって、仏教の説く「本当の幸福」が輪郭を表してきます。

今日は「波」についてです。

 

●人生には「四苦八苦」の波が絶えない

難度海の「波」は、人生の様々な苦しみを例えられたものです。

仏教では「四苦八苦(しくはっく)」といい、八つの普遍的な苦しみを教えられています。

【生苦(しょうく)】

【老苦(ろうく)】

【病苦(びょうく)】

【死苦(しく)】

【愛別離苦(あいべつりく)】

【怨憎会苦(おんぞうえく)】

【求不得苦(ぐふとっく)】

【五陰盛苦(ごおんじょうく)】

の8つです。

ここで8つ全部をお話しすることはできませんが、いくつかお話しますと、

【愛別離苦(あいべつりく)】

“愛する人と別れなければならない苦しみ”のことです。

肉身との死別、失恋などの波です。

夏休みが終わる8月31日とか、寒い冬に目覚まし時計で起こされ、温かい布団から離れるのも小さな愛別離苦です。

それは波でも“さざ波”の部類ですが、やはり波には違いありません。

【怨憎会苦(おんぞうえく)】

“嫌いな人と会わなければならない苦しみ”のことです。

嫁姑の争い、職場でのハラスメント、冷え切った夫婦間など、これにあたります。

この波は嫌だからと引きこもるわけにもいかず、生きていく以上、これも避けて通れません。

【求不得苦(ぐふとっく)】

“求めても得られない苦しみ”のことです。

好きな人が振り向いてくれないという片思い、志望校に不合格、才能が足りなくて夢がかなわない、などはこれにあたります。

それぞれの苦しみをあなたも体験されていることと思いますが、特にこの3つの中でつらかったのはどれでしょうか?

これらの波が次から次へとやってきて泳ぐのが大変なのが「難度海」です。

生きる以上、こうした波は避けて通れません。

この方角だけは波1つないよ、という人生はありません。

いつの時代でも、どこの国でも常に「四苦八苦」の波がやってきます。

どんな仕事についても、誰と結婚しても波は続きます。

この時代だけは「嫌いな人と会う苦しみ」はなかった、とかこの国だけは「老苦」がない、とかそういうこと、どこかあるでしょうか。

生きている以上、もう人間が離れられない普遍的な苦しみをお釈迦さまは説かれているのです。

愛別離苦を克服しようと思ったら愛さなければいいじゃないか。

怨憎会苦で苦しまないためには憎まなければいいじゃないか、と分かったようなことをいう人があります。

それは『言うは易し 行うは難し』の典型のようなもので、誰が実践できましょう。

人は人を愛してしまうのです。

すがってしまうのです。

たよってしまう存在なのです。

そしてそれが裏切られれば憎しみにもなるのです。

そんなどうにもならない心で日々苦しんでいるから親鸞聖人は

「生死の苦海(しょうじのくかい)ほとりなし」

“苦しみの海にやれやれと休まるところがない”

と例えられ、

釈迦は

『人生苦なり』

と、これを喝破されました。

この海におぼれるものを救うのが、阿弥陀仏の本願という大きな船なのです。

 

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