仏教Q&A 12回目


【人生の大海に浮かぶ丸太や板切れとは?】

 

こんにちは。
「OBA」のまさみです。

 

幸せって人によって違うでしょ?

生きる目的も人それぞれでしょ?

とよく言われます。

人生の目的は「人それぞれ」と言っている人のイメージしているのは

医者になりたい、とか

プロ野球選手になりたい、とか

花屋さんを開きたい、とかでしょう。

これらは「夢」とか「なりたい職業」というものであって、生まれてきたのはこれ1つ、という人生の目的、真の幸福ではありません。

夢を持って生きるのは大事ですし、なりたい職業を目指すのも大切なことです。

そしてそれは人によって違うもので、何か1つに強制されるものではありません。

各人が個性や才能を発揮できる道を自由に選べるような社会であってほしいと私も強く希望します。

しかし、それら夢や職業というものは仏教で説くところの“大きな船”ではないということです。

では何か、といえば、この難度海に浮いている「丸太・板切れ」にあたります。

難度海には丸太や板切れが浮遊しています。

おぼれている人は苦しいものだから何かにすがらないと生きていけない、それで周りにある丸太をめがけて泳いでいます。

この丸太や板切れに例えられたのは、私たちが生きる上で頼りにし、支えにしているものです。

「妻子」とか「財産」とか「地位」とか「仕事」とか「趣味」とか、私たちが生きる力としているものです。

「夢」とか「なりたい職業」もこれにあたります。

これさえあれば安心できる、満足できると、そこに向かって泳ぐのですが、ようやくたどり着いてやれやれと思うものの、所詮、浮いているものですから、何かあるとくるっと丸太がひっくり返って、塩水飲んでかえって苦しむのです。

ひっくり返って裏切られた時には「すがった丸太が悪かったんだ」とまた違う、もっと大きな丸太に向かって泳ぎ、つかんでみる。

ところが、思ったよりぐらぐらしていて、またひっくり返るかもしれない、と不安になる。

あっちの丸太がいいか、こちらが安心か、とひっくり返ってはまたすがる、ということを繰り返していくうちにだんだん歳をとって、泳ぐ力もなくなっていく、いったい何のために生きてきたのか、苦しむために生まれてきたようなものだ、と嘆いている。。。

これが親鸞聖人が説かれている「難度海」です。

この「難度海」をテーマに話をした際にいただいた感想が心に残っています。

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>人間関係でいろいろあったり仕事のトラブルで、つらいなと思うことがよくあります。

>職業を言えば、カッコいい生き方しているね、とうらやましがられますが本音を言えば、つまらないことでも憂鬱になる、ため息ばかりの毎日が嫌でした。

>そんな日々を変えたくて、最初は風水や占いをしました。

>”紫のものを南に置けば運気がよくなる”などと言われるとおりにしても、これといった変化はありません。

>運を当てにするのではなく、もっと自分の気持ちを見つめ、心を変えれば生きやすくなるのでは、と思うようになり自己啓発や心理学やコーチングについて調べるようになったのです。

>”プラス思考で周りが変わっていく”

>”イメージトレーニングでなりたい自分を実現しよう”。

>ホームページには、魅力的な文字が並びます。

>これはと思うものはとにかく試してみました。

>ところが、プラス思考で感謝しようと考えて一時は気が楽になったように思っても、後から嫌なことが次々と起き、ため息の生活に逆戻り。

>ある人には「イメージトレーニングが大切だ」と言われたり、

>またある人には「逆だ、それが執着の心を起こすんだ」と諭されたり、

>何が何だかわからなくなりました。

>そんな時にこの講座のあることを知り、親鸞聖人の海の例えを聞き、とても共感しましたし、勇気づけられました。

>どんな生き方をしても苦しみの波がある、ということをいろいろな角度から断言してもらい、おかしなことなんですが、やっぱりそうなんだ、とかえってすっきりしました。

>そしてそんな人生を

>『どこに向かって生きるのか』

>救助の船のあることとその方角がはっきり示されていることに今まで誰からも感じたことのない深いブッダの自信を感じました。

>続けて講座に参加し、しっかり理解できたらいいなと思います。

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この感想下さった彼女の頼った「丸太」とは占いや風水であり、心理学や自己啓発でありました。

しかし、いつしか「ため息の生活に逆戻り」と言われているのは人類の実態ですから、共感される方も多いのではないかと思います。

 

●難度海におぼれる人間の4パターン

難度海におぼれる私たちは、以下の1、2、3、4を繰り返しています。

あなたご自身の今はこの1、2、3、4のどこに当てはまりますか。

1.どこかにすがれる丸太はいないか、
たよりになる板切れはないか、と
波にもまれながらも、求め続けている。

2.丸太が見つかれば、
人と争い駆け抜け、手に入れようとする

3.ようやく丸太にしがみついて、
満足したのもつかの間で
今度はいつひっくり返るか、
不安におびえている

4.何かがあって突然、
丸太がクリっと回ってしまって、
塩水飲んで苦しんでいる。

また1に戻る。。

これでは何のための人生か。

この真実が知らされた人は、がぜん、

【難度海を度する大船に乗る】

とはどんなことか、問題になってきます。

次回お話ししたいと思います。

 

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