仏教Q&A 16回目


【どうすれば人生の苦海を渡す大船に乗れるのか?】

 

こんにちは。
「OBA」のまさみです。

 

連載でお届けしてきた「仏教Q&A」も、今日が最終回です。

最後に

どうしたら難度海を度する大船に乗れるのか、

どうしたら本当の幸せになれるのか、

について触れましょう。

『仏法は聴聞(ちょうもん)に極まる』

これ一つです。この一本道です。

他はありません。

『聴聞(ちょうもん)』とは仏教を聞くことです。

『聴』も「きく」

『聞』も「きく」

聞いて聞いて、聞き抜きなさい、と教え進められたのがお釈迦さまであり、親鸞聖人の一貫したご教示です。

ただし「聴(ちょう)」と「聞(もん)」では意味が違います。

「聴(ちょう)」というきき方は、仏教の教えを一つ一つ理解しながら聞くことです。

ただぼーっと聞いていては、仏教は分かりません。

仏教は納得できる教えです。

理屈に合わないところをただ信じ込め、という教えではありません。

なるほど、よく分かる、と理解しながら聞くということです。

理解できないところ、納得できないところがあれば納得できるまで、よく聞いていただければと思います。

だから質問はいつも受け付けております。

重ねて聞かれればこんなに理性的で、よく納得できる教えが仏教だとは知らなかった、と思われるでしょう。

死について、罪や悪について、幸福について、運命について様々な角度から展開される仏教の話に1つ1つの内容は分かるけど、全体像がつかめない、と最初は思われるでしょうが、理解を深めていかれたら、1つ1つのことが結びついて、きっと感銘を受けられることと思います。

さらに真剣に聞かれると、自己の心を言われているんだな、今まで自分で自分をごまかして生きてきたなぁ、とまざまざと知らされてきますし、そんなものが幸せになれる、という仏教の本当のすごさに圧倒されるでしょう。

ただ「自分のような者が生きている今、崩れない幸せになれる」と説く仏教は本当だろうか、という疑いは聞き重ねても、なかなか晴れません。

その疑いがなくなった時が「聞(もん)」と聞いたということです。

絶対の幸福になった時です。

大船に乗せられた時です。

絶対の幸福になれる、という仏教に

「本当だったー。ウソでなかった」

と根深い疑問が晴れた時です。

『聞(もん)』と聞こえたその一念で摂取不捨の幸福(絶対の幸福)になります。

これを「聞即信の一念(もんそくしんのいちねん)」といいます。

 

【聞く一つで本当の幸せになれる】

これが本当の仏教です。

特別な才能は要りません。

性格も問題にはなりません。

求められるのは「聞きたい」というあなたのお気持ち一つです。

聞くためには場所が必要です。

仏教を聞きたいという志のある村の人たちが寺を建て、その本堂で聞法したのです。

寺の瓦の1枚1枚が「聞かせてください」の人々のお布施によるものでした。

今は『聴聞に極まる』という仏教の教えが全然伝えられていませんので、その私たちの先祖がお布施を持ち寄って建てた寺がどんどん廃寺となり、あと30年で寺の数は3分の1になると言われています。

親鸞聖人の教えを聞きたいのに、聞かせてもらえる場所がない。

これは深刻な事態です。

本当の幸せになれるかどうかは『聴聞に極まる』と説くのが仏教なのですから。

そこで、仏教の教えを聞きたい人が、誰でも、どこに住んでいても、聴聞できるように、全国各地、またインターネットでも、親鸞聖人の教えをお伝えしています。

各地の法話・講座に参詣され、真剣に聴聞されれば、必ずや仏教の真髄を受け取っていただくことになり、人生が一変されるでしょう。

ぜひ、講座でお会いできることを、願っています。

会場と日程をお知りになりたい方は、LINEでお問い合わせください。

 

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