仏教Q&A 5回目


こんにちは。
「OBA」のまさみです。

 

今日のテーマは

【仏教が説く苦しみの根元とは?】

です。

皆さんはテレビアニメにもなった『銀河鉄道999(スリーナイン)』という松本零士氏のSFマンガをご存じでしょうか。

この物語は、主人公の少年・鉄郎が謎の女性メーテルとともに、銀河鉄道999号に乗って宇宙を旅するストーリーです。

その概要はこうです。

宇宙の多くの裕福な人々は機械の身体に魂を移し替えて、永遠の生を謳歌していたが、貧しい人々は機械の身体を手に入れることができなかった。

生身の人間は、機械化人の迫害の対象にされ、主人公の鉄郎は、母親を機械化人に殺されてしまった。

そこで鉄郎は、機械の身体を求めて、それをタダで実現してくれるという惑星を目指し、メーテルと銀河鉄道999号に乗り込み、星から星へと旅をする、というものです。

その中の、ある惑星でのエピソードから、今日は「幸せとは何か」を考えてみたいと思います。

そこは科学文明がめざましく発達した星。

オゾン層破壊、環境ホルモン、核ミサイルなど、科学の負の面がなく、人間が便利に、快適に生きやすくなることにのみ科学文明が使われている、まさに理想社会が実現されている世界。

生産活動は、全部ロボットがやる。

店の従業員も、すべてロボットなので、人間はそのサービスを受けるのみで、仕事をしなくていい。

定年を待たずして、毎日が日曜日です。

鉄郎は

「ここは夢のような星だ。理想郷だ」

と思います。

ところが意外なことに、その星の人はみんな目がトロンとして、生気のない、つまらなそうな顔をしているのです。

何でも機械にまかせ、ラクばかりして、“食べて寝て”を繰り返していますからブクブクと太ってしまってます。

鉄郎は、その星の人と接し、理想郷なんかではないことを知ります。

「この星は便利だ。だけど充実がない」

●「有無同然(うむどうぜん)」

40年ほど前のマンガですが、機械化が進む現代に生きる私たちを予言しているかのような内容でした。

私たちは物が豊かになり、生活が便利になれば幸せになれると信じてきました。

ところが実際は、どうでしょう。

昔も今も、幸福感はほとんど変わってないのが実態ではないでしょうか。

お釈迦さまはこの真実を、2600年前、

「有無同然(うむどうぜん)」

と、説かれました。

お金や物が、有っても、無くても、苦しんでいることは変わらない、同じだということです。

私たちはお金や物、名誉や地位、恋人や家族などが「無い」ことが苦しみの原因だと思い、それらを得れば幸せになれると一生懸命ですが、果たして本当に幸せになれるのでしょうか。

いや、昔の人に比べたら、既に格段に便利な世の中に暮らしているはずですが、

「ああ、なんて幸せなんだ」

という実感があるでしょうか。

なかなか、そうとはいえない現実があります。

なぜ、そんなことになってしまうのか。

それは、苦しみの本当の原因を知らないからだ、とお釈迦さまは教えられています。

では、本当の苦しみの原因はどこにあると仏教は教えているのでしょうか。

●心が熱病にかかっている

お釈迦さまは、苦しみの真の原因は「己の暗い心にある」と診断を下されています。

例えば、インフルエンザにかかって、40度の高熱が出たら、どんな高級料理を出されても、おいしく味わうことはできませんよね。

同じように、心の暗い人は、どんな幸福も心から味わうことができないのだよ、と教えられているのです。

この暗い心を、仏教の言葉で「無明の闇」(むみょうのやみ)といわれます。

これこそ、古今東西のすべての人に共通する苦しみの根本原因であると仏教で教えられています。

お釈迦さまは、この「無明の闇」を晴らすお力のある仏は、大宇宙広しといえども、あらゆる仏の先生である阿弥陀仏以外にない、と説かれ、「早く阿弥陀仏に救われなさい」と教えてゆかれました。

●仏教が私に与える幸せ

阿弥陀仏を、大宇宙のすべての仏が「先生」と仰ぐのは、他の仏にはない、ズバ抜けた力を持たれているからです。

それこそ「無明の闇を破る力」なのです。

 

「我にまかせよ、すべての人の心の闇を破り、必ず絶対の幸福にしてみせる」

 

この阿弥陀仏のお誓いを

「阿弥陀仏の本願」といわれます。

どんな人も、この阿弥陀仏の本願のお力によって、無明の闇が破られた一念に、生きている現在ただ今、絶対の幸福になることができます。

このとてつもない幸せの身に生かされた時、

「人間に生まれてきたのは、このためだった!」

と、人生の目的が、ハッキリします。

親鸞聖人は29歳の時、阿弥陀仏の本願によって絶対の幸福に救い摂られ、90歳でお亡くなりになるまで、この弥陀の本願の救いひとつを伝えていかれたのです。

次回は、少し角度を変え、

【仏教に高僧は数あれど、なぜ「親鸞聖人」なのか?】

というテーマでお話しします。

 

【仏教Q&Aについての感想、ご質問はLINEへの返信でお気軽にどうぞ】

タイトルとURLをコピーしました