しあわせのみちしるべ 3回目


(前回まで)

後輩君と参加した仏教勉強会で講師は、「生きる目的の答えをハッキリ示されたのが、親鸞(しんらん)という人だ」と言う。

では、その答えとは――。

 

  • 苦難、困難、災難の波がやってくる海


「これが生きる目的を教えられた
親鸞聖人の答えです。

『教行信証』という主著の冒頭に書かれています」

そう言って、講師は、参加者に1枚のプリントを配った。

そこには、

「難思の弘誓(なんしのぐぜい)は、

 難度の海(なんどのうみ)を

 度する大船」

と、太ゴシックで書かれていた。

 

「む、むずかしそう」

それまでうなずいて聞いていたユウ子だったが、さすがに慣れない仏教の言葉が出てきて、怖気づいた。

 

隣に座っている後輩君が、そんなユウ子のほうを、ちらっと見る。

(今から説明されるから、大丈夫ですよ)

と、その目がやさしく語っていた。

 

講師は、プリントを一読して、読み方を確認したあと、その言葉の意味を話しはじめた。

 

「ここで親鸞聖人が「難度の海」といわれているのは、私たちの人生のことです。

「難度」とは、渡ることが難しい。

苦しい、ということです。

だから「苦海」ともいわれます。

 

苦難、困難、災難の波が次から次へとやってくる。

生きることは、本当に大変です。

 

もし皆さんが、見渡す限り水平線しか見えない海の真ん中にいたら、どうでしょうか。


例えば、海水浴に来て一人、波間に浮かんでいるうちに沖へ流された。

水面からの視点では、わずかな距離でも陸地を見失うこともある。

慌てて戻ろうとしても、どちらへ向かえばいいか、分からない。

じっとしていれば沈んでしまいますから、泳がなければなりません。

では、どこへ向かって泳ぐか。

 

方角がきちんと定まらなければ、泳げば泳ぐだけ、岸から遠ざかることになりかねません。

体力には限りがある。

やみくもに泳げば、それだけ早く泳ぎ疲れて土左衛門になると思うと、とても力強くは泳げません。

 

私たちは、生まれた時にそんな海にほうり込まれたとはいえないでしょうか。

今にもおぼれかける私たちに、懸命に泳ぎ方のコーチをしているのが、政治、経済、科学、医学、倫理、道徳、スポーツなどといえるでしょう。

 

しかし肝心の「泳ぐ方角」は、だれも教えてくれません。

ただ

「人生は

 食て寝て起きて 糞たれて

 子は親となる 子は親となる」

と一休さんの言うとおりです。

 

ビジネスマンなら朝起きて、満員電車に揺られながらの通勤は、まさに痛勤。

クタクタに疲れて帰ると、すぐ朝が来る。

毎日が決まった行動の繰り返しで過ぎていきます。

「生きてきて本当によかった」

という満足がなく、来る日も来る日も、「食べて寝て起きて」の反復ならば、水平線しか見えない海の中を泳いでいるのと同じ。

泳ぐ手に力が入るはずはありません。

 

しかもこの海には、苦しみの波が、次から次へとやってきます。

病苦、肉親との別れ、不慮の事故、家庭や職場での人間関係、借金の重荷、老後の不安。

 

一つの波を乗り越えて、やれやれと思う間もなく、別の波がやってくる。

 

高波にのまれて、おぼれかかっている人、溺死する人もあります」

 

(確かに会社でも、みんな疲れ切ってるわ)

 

ユウ子はつくづく実感する。

 

「作家の林芙美子さんは、

「花のいのちはみじかくて、

 苦しきことのみ多かりき」

 

と言い残し、夏目漱石は、

「人間は生きて苦しむ為めの動物かも知れない」

と妻への手紙に書いています。

 

これら嘆きの声を聞くまでもなく、

「人生は苦なり」の2600年前のお釈迦さまのお言葉に、みな、うなずいているのではないでしょうか。

 

一見、楽しげに見える人もありますが、

「ただ見れば 何の苦もなき水鳥の 足にひまなき わが思いかな」

(水戸光圀)

の歌のとおり、人もうらやむ才能や地位、名声を得ていても、本人しか分からぬ悩みを、みな抱えています。

 

社長であれ、著名人であれ、えっ、あの人が、と思うような人が自ら命を絶ち、驚かされることも、しばしばです。

 

  • 丸太や板切れにすがっては裏切られる

 

生きることが大変なので、私たちは何かにすがらずにいられません。

そこで近くに浮遊する丸太や板切れにすがろうとします。

丸太や板切れとは、お金や財産、地位や名誉、健康、恋人、結婚、子供、マイホームなどを例えたもの。

これらを手に入れて少しでも楽になりたいと皆、懸命に追い求めています。

ところが、つかんでやれやれとほっとしたのもつかの間、くるりと丸太が引っ繰り返り、潮水のんでまた苦しめられる。

 

これらの幸せは、しばらくの間しか続かないからです。

「いい時」は続かない。

これまでを振り返ってみて、どうでしょうか。

 

結婚という丸太に裏切られた方、

供という丸太に裏切られた方、

株の投資に失敗し、

お金に裏切られて苦しんでいる人もあります。

 

「こんな小さな丸太じゃだめだ。もっと大きなものを」

と思って、再び死に物狂いで泳ぎ、もう少し大きめの丸太をつかんでも、所詮は浮いたものですから、やはり、くるりと回転して裏切られます。

 

一流企業に就職し、バリバリ働いていても、突然の解雇や左遷の憂き目に遭うこともあるでしょう。

もし人生に目的がなければ、人は苦しむために生きているようなものでしょう。

仕事や家庭に裏切られ、健康すらも失い、最後はすべてに見放されて、たった一人、暗い海底に沈んでいかねばなりません。

 

それは求める丸太が悪いからでも、求め方が足りないからでもない。

変わらない本当の幸せを、知らないからです」

 

講師の言葉に、ユウ子の心が反応する。

 

「変わらない幸せ?そんなもの、あるの?」

(つづく)

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